それって本当?信じられないサッカーの話

サッカー日和  サッカーの世界にはさまざまな信じられないようなエピソードが存在しています。ここではサッカーをもっと楽しむために、中でも特に信じられないようなエピソードについてご紹介してみましょう。

サッカーマニアのあなたでも、知らない事実が潜んでいるかもしれません。

一試合で149点ものオウンゴール!?

 長くサッカーを見続けていると、オウンゴール(自殺点)を目にする機会もあるでしょう。しかし、それほど頻繁に見られるものではありません。 ですが、そんなオウンゴールが1試合で149点も入ってしまった試合があったのです。信じられないかもしれませんが、これは本当に起こったことなのです。

この試合は2002年10月31日に起こりました。舞台となったのはマダガスカルサッカーリーグのASアデマとSOレミルヌの試合でした。 この試合の時点で、すでに両チームとも優勝の可能性はありませんでしたので、消化試合でした。しかし、どうしてこんなことが起こったのでしょう?

原因はその前節にさかのぼります。直前に行われた試合で、優勝争いに加わっていたSOレミルヌは不可解な判定によって敗北してしまい、その結果、優勝争いから脱落することになりました。監督や選手、関係者は何度も審判に抗議しましたが、受け入れられることはありませんでした。

この審判の判定に激怒した監督は、その次の試合で選手たちにどんどんオウンゴールをすることを支持し、結果として149点ものオウンゴールの山が築かれることになったのです。 不可解な判定に怒ってしまう気持ちはわかりますが、日本では考えられない試合ですね。

第二のマラドーナと呼ばれたのは…意外なあの選手?

 今日では、マラドーナ2世と言えばアルゼンチン代表のリオネル・メッシを思い浮かべる方がほとんどでしょう。 しかし、今から十数年前、日本から遠く離れたパラグアイで一人の日本人選手がマラドーナ2世と呼ばれたことをご存じの方は少ないでしょう。

その選手とは、現在、独特のちょっと間抜けなキャラクターでタレントとしてバラエティ番組やCMなどで大人気の武田修宏なのです。 若いサッカーファンの方の中には、現役時代の彼のことを知らないという方も多いかもしれません。実は、彼はJリーグ開幕当時、日本サッカー界の「キング」として知られる三浦知良と共に、大活躍していた名選手なのです。もちろん、日本代表にも選抜され素晴らしい成績を残しています。

そんな彼は、現役時代のピークを少し過ぎた2000年、出場機会を求めてパラグアイのスポルティボ・ルケーニョに移籍しました。 ピークを過ぎていたとは言え、彼は日本を代表する名選手の一人です。そのため、現地の新聞は「日本のマラドーナがやってきた」という見出しで大々的に取り上げました。

パラグアイはそれほど強豪国として知られているわけではありませんが、サッカーが国民的スポーツとして高い人気を集めています。 そこで、武田修宏は大スターとしてもてはやされたそうです。現在の姿からはとても想像できないかもしれませんが、本当の話です。

ワールドカップとは直接関係ありませんが、信じられないようなサッカーのエピソードをご紹介してみました。あなたはご存じだったでしょうか?